ビジョナリー・カンパニー2

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『ビジョナリー・カンパニー2 飛躍の法則』ジム コリンズ

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内容

適切な人をバスに乗せる

最初に適切な人をバスに乗せ、不適切な人をバスから降ろし、適切な人がそれぞれにふさわしい席に坐ってから、どこに向かうべきかを決めている。

「人材こそがもっとも重要な資産だ」という格言は間違っていた。

人材が最重要の資産なのではない。

適切な人材こそがもっとも重要な資産なのだ。

 

偉大な企業への飛躍をもたらした経営者は、まずはじめにバスの目的地を決め、つぎに目的地までの旅をともにする人びとをバスに乗せる方法をとったわけではない。

まずはじめに、適切な人をバスに乗せ、不適切な人をバスから降ろし、その後にどこに向かうべきかを決めている。

 

要するに、こう言ったのである。

「このバスでどこに行くべきかは分からない。しかし、分かっていることもある。適切な人がバスに乗り、適切な人がそれぞれふさわしい席につき、不適切な人がバスから降りれば、素晴らしい場所に行く方法を決められるはずだ」

 

飛躍を導いた指導者は、三つの単純な真実を理解している。

第一に、「何をすべきか」ではなく「だれを選ぶか」からはじめれば、環境の変化に適応しやすくなる。

人びとがバスに乗ったのは目的地が気に入ったからであれば、十キロほど走ったところで行く先を変えなければならなくなったとき、どうなるだろうか。

当然、問題が起こる。

 

だが、人びとがバスに乗ったのは同乗者が気に入ったからであれば、行く先を変えるのははるかに簡単だ。

「このバスに乗ったのは、素晴らしい人たちが乗っているからだ。行く先を変える方がうまくいくんだったら、そうしよう」。

 

第二に、適切な人たちがバスに乗っているのであれば、動機付けの問題や管理の問題はほぼなくなる。

適切な人材なら厳しく管理する必要はないし、やる気を引き出す必要もない。

最高の実績を生み出そうとし、偉大なものを築き上げる動きにくわわろうとする意欲を各人がもっている。

 

第三に、不適切な人たちばかりであれば、正しい方向が分かり、正しい方針が分かっても、偉大な企業にはなれない。

偉大な人材が揃っていなければ、偉大なビジョンがあっても意味はない。

 

変化に備えた戦略を策定するのではなく、アーニー・アーバックル会長と協力して、同行に「人材を限りなく注入していく」ことに全力をあげた。

いつでもどこででも傑出した人材が見つかりしだい採用し、何を任せるかがはっきりしないまま雇用することも少なくなかった。

「これが将来を築く方法だ。今後の変化を予想する力がわたしになくても、これらの人材にはある。きわめて柔軟なので、変化に対応できる」

 

「会社をどこに導くべきかは分からない。しかし、適切な人材を集め、的を射た質問をして徹底的に議論していけば、偉大な企業に飛躍する道をかならず見つけ出せる」

 

ニューコアは「人材こそがもっとも重要な資産だ」という格言を否定している。

偉大な企業への飛躍に際して、人材は最重要の資産ではない。

適切な人材こそがもっとも重要な資産なのだ。

 

このニューコアの事例をみると、重要なポイントが浮き彫りになる。

どういう人が「適切な人材」なのかを判断するにあたって、飛躍を遂げた企業は学歴や技能、専門知識、経験などより、性格を重視している。

具体的な知識や技能が重要でないというわけではない。

だが、これらは教育できるが(少なくとも学習できるが)、性格や労働観、基礎的な知能、目標達成の熱意、価値観はもっと根深いものだとみているのである。

 

冷酷とは、事業環境が悪くなると人員を大幅に削減したり、普段でも、真剣に検討することなく気まぐれに解雇したりすることを意味する。

厳格とは厳しい基準をつねに、組織内のすべての階層に適用し、とくに上層部に厳しく適用することを意味する。

厳格であって冷酷ではないのであれば、優秀な従業員は自分の地位を心配することなく、仕事に全神経を集中させることができる。

 

「成績の良い人たちに報いる方法は、成績の良くない人たちに足を引っ張られないようにすることしかない」

 

どの企業も、成長を担う適切な人材を集められるよりも速いペースで売上高を増やしつづけながら、偉大な企業になることはできない。

売上高の伸び率がつねに適切な人材の数の伸び率より高ければ、偉大な企業を築くことはできない。

偉大な企業を築いてきた人たちは皆、企業が成長していくときに最大のボトルネックになるのが、市場でも技術でも競争でも製品でもないことを理解している。

どの要因よりも重要な点がある。

それは適切な人びとを採用し維持する能力である。

 

「時間を十分にかけて、はじめから Aクラス上位の人を厳格に選ぼう。人選が正しければ、その人物が長くつとめてくれるように、できるかぎりのことをしよう。人選が間違っていれば、間違いを認めて、われわれは自分たちの仕事を続けられるようにし、相手も自分の人生を追求できるようにしよう」

 

人を入れ換えなければならないと分かったことが、どうすれば分かるのだろうか。

二つの問いが役立つだろう。

第一に、バスから降ろすべきかではなく、採用すべきかが問題だと想定した場合、その人物をもう一度雇うだろうか。

第二に、その人物がやってきて、素晴らしい機会があるので会社を辞めると話したとするなら、深く失望するだろうか、それともそっと胸をなでおろすだろうか。

 

飛躍した企業は、最高の人材を最高の機会の追求にあてており、最大の問題の解決にはあてていない。

比較対象企業にはその逆の行動をとる傾向があり、問題を解決しても無難になるだけで、偉大になるには機会を追求するしか道がない事実を認識できていない。

 

適切な人を集める能力が高く、適切な人材を適切な場所にあてていたので、昼も夜も長時間はたらかなければならない状況にはならなかった。

コールマン〔モックラー〕が成功を収め、生活のバランスをうまくとれた秘訣はここにある。

 

勝利への確信

どんな困難にぶつかろうとも、最後にはかならず勝てるし、勝つのだという確信が確固としていなければならない。

だが同時に、それがどんなものであろうとも、きわめて厳しい現実を直視する確固たる姿勢をもっていなければならない。

 

従業員や幹部が何よりも注意すべき現実として、社外の現実ではなく、自分の顔色を心配するような状況を経営者が許していると、会社は凡庸になり、もっと悪い方向にすら進みかねない。

カリスマ的な指導者よりも、それほどカリスマ的でない指導者の方が、長期的な実績が良くなることが多い理由のひとつはここにある。

 

リーダーシップの要点はビジョンである。これは事実だ。

だが、それと変わらぬほど重要な点に、真実に耳を傾ける社風、厳しい事実を直視する社風を作ることがある。

「自分の意見を言える」機会と、「上司が意見を聞く」機会との間には天地の開きがある。

偉大な企業への飛躍を導いた指導者は、この違いを理解しており、上司が意見を聞く機会、そして究極的には真実に耳を傾ける機会が十分にある企業文化を作り上げている。

 

ストックデールの逆説

どれほどの困難にぶつかっても、最後にはかならず勝つという確信を失ってはならない。

そして同時に、それがどんなものであれ、自分がおかれている現実のなかでもっとも厳しい事実を直視しなければならない。

 

第五水準のリーダーシップ

謙虚さ +不屈の精神 =第五水準

 

第五水準の指導者は成功を収めたときは窓の外を見て、成功をもたらした要因を見つけ出す(具体的な人物や出来事が見つからない場合には、幸運をもちだす)。

結果が悪かったときは鏡を見て、自分に責任があると考える(運が悪かったからだとは考えない)。

 

針鼠の概念

㈠ 自社が世界一になれる部分はどこか(同様に重要な点として、世界一になれない部分はどこか)。

この基準は、中核的能力がどこにあるかよりもはるかに厳しい。

中核的能力があっても、その部分で世界一になれるとはかぎらない。

逆に、世界一になれる部分は、その時点で従事していない事業かもしれない。

 

㈡ 経済的原動力になるのは何か。

飛躍した企業はいずれも、鋭い分析によって、キャッシュフローと利益を継続的に大量に生み出すもっとも効率的な方法を見抜いている。

具体的には、財務実績に最大の影響を与える分母をたったひとつ選んで、「X当たり利益」という形で目標を設定している(非営利事業であれば、「X当たり年間予算」になるだろう)。

 

㈢ 情熱をもって取り組めるのは何か。

偉大な企業は、情熱をかきたてられる事業に焦点を絞っている。

どうすれば熱意を刺激できるのかではなく、どのような事業になら情熱をもっているかを見つけ出すことがカギになっている。

 

三つの円を素早く理解するには、企業についてではなく、自分の仕事について考えてみるといい。

以下の三つの基準に合う仕事ができると考えてみよう。

 

第一に、持って生まれた能力にぴったりの仕事であり、その能力を活かして、おそらくは世界でも有数の力を発揮できるようになる(自分はこの仕事をするために生まれてきたのだと思える)。

第二に、その仕事で十分な報酬が得られる(これをやってこんなにお金が入ってくるなんて、夢のようではないかと思える)。

第三に、自分の仕事に情熱をもっており、仕事が好きでたまらず、仕事をやっていること自体が楽しい(毎朝、目が覚めて仕事に出掛けるのが楽しく、自分の仕事に誇りをもっている)。

 

この三つの円が重なる部分を見つけ出し、それを単純で明快な概念にまとめて自分の指針にすることができれば、自分の人生を導く針鼠の概念を確立できたことになる。

 

針鼠の概念はあきらかに、中核的能力と同じではない。

何らかの部分に能力があっても、それで世界一になれるとはかぎらない。

 

針鼠の概念で要求される基準はきわめて高い。

強みや能力を活かすことには止まらない。

自分の組織がほんとうに世界一になれる潜在力をもっている部分、それをいつまでも続けられる部分がどこにあるのかを理解しなければならない。

 

財務指標の分母

飛躍した企業はいずれも、この深い理解をたったひとつの「財務指標の分母」という形にまとめているのだ。

 

この点はこう考えると分かりやすい。

自社で「X当たり利益」(非営利事業なら「X当たり年間予算」)をたったひとつ、基準になる財務指標として採用し、これを長期にわたって一貫して上昇させていくことを目標にすると想定した場合、Xに何を選べば、自社の経済的原動力にもっとも大きく、もっとも持続的な影響を与えられるだろうかと。

このように問いを立てれば、組織の経済的な現実がどのような仕組みになっているのか、深く理解できることをわれわれは学んできた。

 

たとえばウォルグリーンズは、一店舗当たり利益など、業界で通常使われている財務指標を捨てて、来客一人当たり利益に焦点を合わせるようになった。

利便性のある立地に出店すればコスト高になるが、同社は来客一人当たり利益の増加に的を絞ったため、半径一マイル以内に九店舗を設けるほど、店舗の利便性を高めていくと同時に、チェーン全体の収益性を高めていくことができた。

通常の指標である一店舗当たり利益を重視すれば、利便性という概念と矛盾する(一店舗当たり利益を増やすには、店舗数を減らし、低コストで出店できる店に絞り込むのが、もっとも簡単な方法である。これでは利便性という概念を破壊してしまう)。

 

ウェルズ・ファーゴの例を考えてみよう。

同行の経営陣は、規制緩和によって銀行業務が価格勝負になる厳しい現実を直視したとき、貸出一件当たり利益、預金一件当たり利益などの通常の財務指標がもはや財務実績を向上させるカギにはならないことに気づいた。

そこで、新たな指標として、従業員一人当たりの利益を採用した。

この見方に基づいて、同行は営業網をいち早く、簡素な支店と現金自動受払機(ATM)を中心とするものに変更していった。

 

人ではなく、システムを管理する

ベンチャー企業の成功は、創造力と想像力、未知の領域への大胆な進出、先見性に基づく熱意によるものである。

会社が成長し、事業が複雑になると、成功によって足をすくわれるようになる。

新しい従業員が増えすぎ、新しい顧客が増えすぎ、新しい受注が増えすぎ、新しい製品が増えすぎるのだ。

 

かつては楽しくて仕方なかった仕事が、混乱の極みになって手に負えなくなる。

計画がなく、経理体制がなく、システムがなく、採用基準がないことから、摩擦が生まれる。

問題がつぎつぎに出てくる。

顧客に関する問題、キャッシュフローの問題、スケジュールの遅れの問題などである。

 

これら問題に対応して、たいていは取締役のだれかがこう言いだす。

「大人になる時期がきた。経営管理のプロが必要になっている」。

こうしてMBA(経営学修士)を雇うようになり、一流企業で経験を積んだ経営管理者を雇うようになる。

 

手順や手続きやチェック・リストなどなどが雑草のようにはびこりだす。

なんでも平等だったかつての雰囲気がなくなり、階層構造が作られる。

指揮命令系統がはじめて姿をあらわす。

上司と部下の関係が明確になり、特権をもつ経営幹部の階層ができあがる。

「われわれ」と「やつら」の区別があらわれ、普通の企業に近づく。

 

やがて、経営管理者が混乱を収拾する。

秩序を作りだして混乱を抑えるが、同時に起業家精神を殺してしまう。

創業当時からの幹部が不満を口にするようになる。

「この会社も面白くなくなった。以前なら仕事に必死だった。いまでは、馬鹿げた書類を書くのに時間をとられ、馬鹿げた規則を守らなければならなくなった。最悪なのは、何の役にも立たない会議で、馬鹿のように時間をとられるようになったことだ」。

 

創造力も衰えてくる。

とくに創造性の豊かな人たちが、官僚制度と階層制度の膨張に嫌気がさして、会社を辞めていくからだ。

興奮を呼んだベンチャー企業も並みの企業になり、これといって強みのない企業になる。

凡庸さという癌が猛烈に増殖する。

 

はじめに適切な人を選ぶようにすれば、この問題はほぼ解決するのだ。

ほとんどの企業は、ごく少数、バスに紛れ込んだ不適切な人たちを管理するために、官僚的な規則を作る。

すると、適切な人たちがバスを降りるようになり、不適切な人たちの比率が高まる。

すると、規律の欠如と無能力という問題を補うために、官僚制度を強化しなければならなくなる。

すると、適切な人たちがさらに去っていく。

まさに悪循環になるのだ。

 

偉大な実績に飛躍した企業は、はっきりした制約のある一貫したシステムを構築しているが、同時に、このシステムの枠組みの中で、従業員に自由と責任を与えている。

みずから規律を守るので管理の必要のない人たちを雇い、人間ではなく、システムを管理している。

 

偉大になれたのはなぜか、その答えはかなりの部分、慎重に選び抜いた分野で世界一になるために必要なことはすべて行い、そして、一層の改善をつねに目指す姿勢、この規律にある。

秘訣はこれほど単純なのだ。

そして、これほどむずかしいことなのだ。

 

第五水準の指導者がいて、適切な人をバスに乗せ、厳しい現実を直視する規律をもち、真実に耳を傾ける社風を作りだし、評議会を作って三つの円が重なる部分で活動し、すべての決定を単純明快な針鼠の概念にしたがってくだし、虚勢ではなく現実の理解に基づいて行動すればいい。

これらのすべての要素を揃えていれば、大きな決定を正しく行えるようになるだろう。

最大の問題は、正しい選択が何なのかが分かったとき、正しいことを行う規律をもち、それと同様に大切な点として、不適切なことを止める規律をもつことである。

 

超優良に飛躍した企業では、予算編成は、それぞれの活動にどれだけの資金を割り当てるかを決めるものではない。

どの活動は針鼠の概念に最適で、したがって集中的に強化すべきか、どの活動は完全に廃止すべきかを決めるものである。

「止めるべきこと」のリストは、「やるべきこと」のリストよりも重要である。

 

「競争戦略」がまったく話題になっていないことにおどろくはずだ。

たしかに、戦略については語っているし、業績についても語っているし、世界一になることについても語っているし、勝利を収めることについてすら語っている。

しかしだれも、受け身の姿勢を示してはおらず、他社の動きにどう対応するかという観点から戦略を考えてはいない。

何かを作り上げようと試みたとき、改善しようと試みたときはいつも、何らかの絶対的な基準に近づこうとしている。

 

弾み車

飛躍の道は小さな努力の積み重ねによって開かれていく。

一歩一歩、行動を積み重ね、決定を積み重ね、弾み車の回転を積み重ねていき、それらの積み重ねによって目ざましい業績が持続するようになる。

 

「いくつかの要因に分解して因果関係を調べたり、『分かった』とか『これぞ決定打』とかの瞬間を探し出したりすることはできない。相互に関連する小さな動きを大量に積み重ねていった結果なのだから」

 

面白かったポイント

名著は定期的に読み返すに限る。

 

要約すると、適切な人を採用する、あきらめない、世界一を獲れることに集中、仕組みを作る、小さな努力の積み重ね。

まとめると当たり前のことですが、日々の業務をこなしているとブレることもあります。

 

飛躍することができる企業は、経営者が変わっても、地味だがこういう当たり前を継続し続けることができる企業ということですね。

読み終えると頭がスッキリします。

 

満足感を五段階評価

☆☆☆☆☆

 

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