HIGH OUTPUT MANAGEMENT

ビジネス

『HIGH OUTPUT MANAGEMENT』アンドリュー・S・グローブ

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内容

マネジャーのアウトプット=自分の組織のアウトプット+自分の影響力が及ぶ隣接諸組織のアウトプット

マネジャーのアウトプットは自分の率いる組織のアウトプットそのものであり、それ以上のものでも、それ以下のものでもない。

 

ノウハウ・マネージャー

このミドル・マネジャーの中に、もうひとつのグループに属する人々を加えるべきである。

それは、直接自らの指揮監督下にはなくても、また厳密な意味では組織上の命令権限を持っていなくても、他の人々の仕事に対して影響力を及ぼす人たちのことである。

これらの、いわば「ノウハウ・マネジャー」と称すべき存在は、組織の中で自分の周辺にいる人々に対して、知識と技能と理解の源泉となっている人々である。

彼らはスペシャリストであり、組織の中の他の成員に対してコンサルタントとして行動する一種のエキスパートである。

しかも緩やかな形で定められている情報ネットワークの中においては、事実上、中心的な結節点となる人々である。

 

チーム

通常起こりうる出来事に対するだけではなくて、予測しにくい事柄に対しても対応できるだけの、エネルギッシュで能率の良いチームを形成しておかなければならない。

第二の点として言えることは、即応力のある会社にするためには、経営管理者の階層数をなるべく少なくしておくべきだという点である。

 

今日の組織においては経営管理階層がより少なくなっているので、各マネジャーは10年前の場合に比べて、直属する従業員の数がより多くなってきている。

インテル社における経営哲学上の根本綱領のひとつは、監督者とその部下との間で一対一の話合いの場を持つようにするということである。

その主な目的は、相互教育と情報交換である。

具体的な問題や状況について話合いをすることにより、上司はその部下に技術と知識を教え、また事柄に対するアプローチの仕方を提案したりすることができる。

と同時に、部下もその上司に対して自分が行なっていることや心配していることに関する詳しい情報を提示することができる。

 

予測

予測の技術と科学は非常に複雑なため、予測の全責任をひとりだけのマネジャーに持たせたいという気持ちになるかもしれない。

しかし通常、これはあまりうまくはいかない。

ここでもっとうまくやるには、生産部門と販売部門の両方に予測をつくらせ、複数の人にそれぞれ予測したとおりに行動する責任を持たせるとよい。

 

マネージャー

テコ作用を高める活動

これを達成するには基本的な方法が3つある。

■大勢の人がひとりのマネジャーにより影響を受ける場合。

■ある人の長期間にわたる活動が、特定のマネジャーの、短いが的を射たことばや行動によって影響される場合。

■ユニークで貴重なカギとなる知識や情報を提供する個人によって、大きなグループの仕事が影響される場合。

 

〝マネジャーの余計な干渉〟もネガティブなテコ作用の一例である。

これが発生するのは、部下に自由に仕事をさせようとしないで、マネジャーが本来は部下の責任事項に関する監督者としての知識と経験を使って、一定の状況を支配しようとするからである。

たとえば、ある上級マネジャーが思わしくない傾向を示すインディケーターを見て、取るべき処置を事細かく責任者に命じるとすれば、それはマネジャーの余計なおせっかいないし干渉というものである。

一般に、余計な口出しや干渉は、上司が監督者としての実務知識(ほんとうのものと、そう思い込んでいるものと、どちらも)をあまり多く使いたがることから生じてくる。

 

マネジメントの〝技術〟というのは、一見比較してみて同じくらいの重要度を持つ多くの活動から、テコ作用の優れたものをひとつ、2つ、あるいはせいぜい3つほど選び出して、それに集中する能力にある。

 

マネジャーがタスクからすっかり足を洗うことなどはできない。

権限委譲をした後でも、仕事の完了に対してはやはり責任があり、委譲した仕事のモニタリングは、結果を確実にもたらすための唯一の実際的方法である。

このモニタリングは干渉でもおせっかいでもなく、活動が期待どおりに進行しているかどうかを確認することを意味する。

よく精通していることのモニタリングのほうが容易だから、どちらかの選択をする場合は、一番よく知っている活動を委譲すべきである。

 

おおよその経験則でいえば、監督業務の多いマネジャーは6人から8人ぐらいの部下がよく、3、4人では少なく、10人では多すぎる。

この範囲は、部下の一人ひとりにつき、週に約半日をあてなければならないという基準から考えたものである(部下ひとりに週2日では余計な干渉に陥りやすく、週に1時間ではモニタリングの機会が充分に得られない)。

 

時として、ビジネスは、6人から8人という理想的な〝接続回路(部下の広がり)〟を持ちにくいように編成されていることがある。

たとえば、ある製造工場で技術部と製造部があったとすれば、工場長は直接の部下を2人しか持たないことになる。

さて、この工場長が2人の部下のうちのひとりとして「行動」したいと考え、たとえば、技術部長を兼務することになったとしよう。

そうなると、製造部長は相変わらず工場長に報告し、一方、本来は技術部の長に報告すべき人間をも工場長が受け持つことになる。

つまり、工場長は現実には6人の直接の部下──エンジニア5名と製造部長──を持つことになる。

こういった状況は図3‐4からもわかるように、エンジニアたちを製造部長と同じレベルには〝表示してはいない〟が──確かに例外事項として事実上は同じ部下扱いとなっているのである。

 

ミーティング

ピーター・ドラッカーはかつて、マネジャーがその時間の25パーセント以上をミーティングに使っているならばそれは、組織不全の兆候であるとすら言っている。

 

ミドル・マネジャーの仕事の大部分は情報やノウハウの提供であり、物事を処理する望ましい方法を自分の感じたとおりに監督下にいる人々や影響下にあるグループに伝えることである。

マネジャーは意思決定もするし、人の意思決定の援助もする。

この基本的なマネジャーの仕事は両方とも、膝を交えての話合いのとき、したがってミーティングを通じてのみ遂行できる。

だから、ミーティングはマネジャーが仕事を遂行する〝手段〟そのものにほかならないと、私はここでもう一度主張しておきたい。

ということは、われわれはミーティングの存在の当否と戦うのではなく、むしろその時間をできるだけ能率良く使わなければならないのである。

 

マネジャーには2つの基本的な役割があるので、2種類のミーティングが基本的にある。

ひとつは〝プロセス中心〟のミーティングと呼ばれ、そこでは知識の共有化と、情報交換が行なわれる。

こうした会合は定期的に開催される。

もうひとつのミーティングの目的は、具体的な問題の解決である。

〝使命中心〟と呼ばれるこの種のミーティングでは〝意思決定〟をすることが多い。

 

ピーター・ドラッカーはこういうときの上役のやるべき仕事を非常にうまく次のようにまとめている。

「時間の使い方のうまいマネジャーは、自分の問題について自分のほうから話しかけないが、部下の側に、部下の問題をどう話させるかは知っている」

 

意思決定をすること、もっと的確にいえば、意思決定の過程に参加することは、あらゆるマネジャーにとって、毎日毎日行なう重要、かつ本質的な仕事のひとつである。

 

ビジネスの基礎を構成する知識ベースに急激な変化が起こってきたがために、地位に基づくパワーと、知識に基づくパワーとの間に急速な食い違いが起こってきたのである。

われわれのビジネスでは、毎日、知識パワーを持つ人々と地位パワーを持つ人々を結びつけなければならない。

彼らが一緒になって向こう何年もの将来にわたってわれわれに影響する意思決定をする。

もし、正しい意思決定を得られるようにエンジニアたちとマネジャーたちを結びつけてなければ、われわれの業界では成功できない。

 

もし自分が誰にも相談せずに意思決定ができるならば、他の誰もがまた、それができるはずなのでと。

 

何をやるか計画したことをことばで公式化するに際して、それら意義がある諸活動を煮詰めて最大限に抽象化し、要約したものが戦略である。

その戦略を実行に移すために取る行動が戦術である。

 

「経営管理の成否は、集権化と分権化との調和にかかっている」と。

つまり、即応性とテコ作用の最善の組合わせを求めてバランスを取る行為がカギだともいえる。

 

意思決定がうまく作用するためには、強力で積極的な企業文化が、絶対に必要だということである。

 

選手たち

「人が仕事をしていないとき、その理由は2つしかない。単にそれができないのか、やろうとしないかのいずれかである。つまり、能力がないか、意欲がないかのいずれかである」。

 

人が仕事をしていないとき、その理由は2つしかない。

単にそれができないのか、やろうとしないかのいずれかである。

つまり、能力がないか、意欲がないかのいずれかである。

 

どちらかを決めるのに、簡単なメンタル・テストを用いることができる。

その仕事に生活がかかっているとすれば、それができるか。

答えが「イエス」ということであれば、本人はやる気がないのである。

答えが「ノー」であれば、これは能力がないということになる。

 

マネジャーの最も重要な仕事は、部下から最高の業績を引き出すことである。

したがって高いアウトプットの妨げとなるものが2つあるとすれば、マネジャーとしての問題の取組み方は2つあることになる──それは〝訓練〟と〝動機づけ〟である。

マネジャーが部下の生産性を向上できる方法は、2つしかないと述べる。

それはモチベーションと訓練だ。

 

モチベーション階層のどの付近にいるかは、簡単なテストを利用して判定ができる。

ある個人にとって昇給の絶対額が重要ならば、当人は生理的あるいは安全への欲求内で働いているのである。

だが、昇給が他の人の昇給と比べてどうなのかが問題ならば、当人を刺激しているのは尊敬/承認あるいは自己実現への欲求である。

この場合の金銭は明らかにひとつの〝尺度〟だからである。

 

われわれの社会はスポーツに夢中になる人を尊敬するが、長時間にわたって働く人は病人や〝働きすぎ中毒〟のようにみなす。

だから大多数の人々は、スポーツは善で面白いが、仕事は単調で、必要悪で、楽しみの源泉にはならない、というような偏見を持っている。

 

コーチ

マネジャーの仕事もはっきりしている──〝コーチ〟である。

第一に、理想的なコーチはチームの成功を個人的な手柄とは考えないし、それゆえ、各メンバーはコーチを信頼する。

第二に、彼はチームに対して、きびしくタフである。きびしくすることにより、チームのメンバーから最高の業績を得ようと期待する。

第三に、良いコーチはかつては自分も良い選手だったであろう。良いゲームをやった経験があれば、良く理解もできることになる。

 

マネジメント・スタイル

タスク習熟度が変わるにつれて、様々なマネジメント・スタイルが必要になるということである。

具体的にいうと、TRM(タスク関連習熟度)が低いとき、最も有効なアプローチはきわめて正確詳細な指示を与えるやり方であり、監督者は部下に対し、何を、いつ、どのようにすべきかを指示してやることだ。

別のことばでいえば、高度に明確な構造と仕組みを持つアプローチが必要になる。

部下のTRMが高くなるにつれて、効果的なマネジメント・スタイルは構造化されたものから、もっとコミュニケーションや情緒的な支持や勇気づけといったものを重視するものへ、そしてマネジャーは当面の仕事よりも個人としての部下に注意を払うといったスタイルに変わってゆく。

 

正確には「対象となる部下の資質による」。

もし部下がその業務に経験が浅く、未熟であるなら、いちいち細かいところまで指示し、教育することは必須だ。

しかし逆に部下が経験を積み、成熟しているなら権限を移譲することが理にかなっている。

 

モニタリングを実施するかしないかは、監督者がタスクを〝委任する〟のか、〝放棄する〟のかの差となる。

 

考課の内容を伝えるとき、心に留めておくべき、Lの頭文字のことばが3つある。

それは、Level(相手のところまで降りていって率直に)、Listen(相手の話をよく聞き)、Leave yourself out(自分を圏外において、客観的に見ること)である。

 

問題社員

業績の良くない人は自分の問題を〝無視する〟傾向が強い。

そこで、マネジャーはその真実を示すことができる事実と具体例を持つことが肝要である。

部下が消極的に無視するよりは問題を〝積極的に否定する〟ほうが、前者に比べて、一歩前進である。

この場合も抵抗に打ち勝つには証拠がものをいう。

部下が問題があると認めても、それは〝自分の〟問題ではないと主張するようになると、第三の段階に入る。

彼は、代わりに、〝第三者を非難する〟。

これは通常の防衛手段である。

この自衛手段を使うと、状況を是正する責任と義務を避け続けることができるからだ。

 

これらの3つの段階は、通常ひとつの段階から次の段階へとかなり速く継続的に起こる。

しかし、他人を非難する段階で行き詰まる。

もし部下に問題があって、しかも当人が他人を非難し続ければ、解決する方法はない。

 

彼は一番大きなステップ、つまり次の〝責任を負う〟段階に達しなければならない。

問題があると主張するだけでなく、それが〝自分の〟問題であると言わなければならないのだ。

これは実行を意味するので決定的である。

「もしそれが私の問題なら、どうにかしなければならない。何かしなければならないとすれば、それはたぶん不愉快なことだろうし、かなり負坦がかかることは間違いあるまい」と。

 

もし責任を負うとなれば、〝解決策を発見する〟ことは比較的たやすい。

なぜなら、他人の非難から責任を負うまでの移行は感情の段階であるが、責任を負うことから解決策を発見する段階へ移行するのは知的なものであり、しかもそれは比較的容易だからである。

 

面接

われわれは、密接な関係を持ち、一緒に仕事をしていながらも部下の過去の業績を査定することがいかに困難であるか知っている。

ここで入手すべき情報を分類すると明らかに4つのカテゴリに分けられる。

第一にあなたは志望者の〝技術的〟知識に関して理解しようとしている点。

つまり工学的または科学的知識ではなく、希望している仕事の達成について、すなわち技能水準について相手が何を知っているかである。

第二に、過去の仕事で、どのような技能と技術知識を〝使って〟仕事を達成したかである。

いいかえれば、志望者が単に知っているだけでなく、知っていることを使って何を〝してきた〟かである。

第三に、知っていたこととしたこと、つまり能力と実績との間にいかなる〝差異〟があったか、その理由を探すことである。

そして最後に、一連の〝仕事をする上での価値観〟、つまり、仕事の面で当人を導いているものをつかむことである。

 

業績ボーナス

マネジャーの業績ボーナスは3つの要素に基づく体系になるかもしれない。

第一は彼個人の業績だけを含むもので、上司が判断する。

第二は彼の直属チームの業績目標、おそらく彼の部署のものが対象になる。

第三の要素は会社全体の財務実績に結びつくものとなろう。

たとえば、マネジャーの給料の20パーセントを取り、それを3つの部分に分けたとすれば、どのひとつも全給料に与える影響は小さいが、その重要さにはやはり目を向けさせることになろう。

どの方法を選んでボーナスを決めるにしても、あなたが正確に希望するものにはならないだろうが、どれも業績にスポットライトをあて、タスク関連フィードバックを伝えてくれることには間違いない。

 

基本的には2つのタイプの職務遂行要件を「満たす」遂行者がいることがわかるだろう。

ひとつはそれ以上はやる気を持たず、もっと上の挑戦に向かおうとしないタイプ。

これは競争しない人間。

もうひとつの「満たす」遂行者は絶えず競争する人。

彼は「要求条件を超える」水準に達するたびに、昇進の候補者になる。

昇進を受けると、ふたたび「満たす」遂行者になる。

 

訓練

トレーニングというのはひとつの継続したプロセスであって、単なる偶発的な出来事であってはならないということである。

このように、訓練を動機づけとともに部下の業績向上の方法として受け止め、また教える中身は実際に行なっていることに密接に結びついたものとし、さらに訓練は1回かぎりの出来事ではなくて、ひとつの継続したプロセスであるということを認識するならば、訓練をするのは「誰か」ということはおのずから明らかとなる。

それは「あなたがたマネジャー」なのであるということがわかろう。

自分自身が直属の部下を教えるだけでなく、場合によっては、さらにその下の階層の人々をも教える必要があろう。

そして、みなさんの部下も同じようなことを下に対して行なうべきであり、さらにその下にいる管理者や監督者も、上にならって同じようにしなければならないのである。

 

訓練とは、適切な役割モデルを示す人によって行なわれなければならない。

当人以外の代理人は、いかに一定の主題に精通していたにしても、その役割を担うことはできない。

教室の前で立って教える人は、その教えているテーマに関しては充分信頼しうる、現実の権威者でなければならない。

 

訓練のプロセスがうまくいっているときほど気持ちの良いものはない。

しかし部下が自分が教えたことをきちんとこなしているのを見たときの嬉しい気持ちは、それにはるかに勝るものである。

こうした喜びや心地よさを大事にしておくことによって、第二のコース開発に立ち向かう際の力が出てくるのだ。

 

面白かったポイント

良い経営書だと思う。

新たな発見というのは特にないですが、マネジメントをチェックする時に読むのがちょうどいい。

 

満足感を五段階評価

☆☆☆☆

 

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