内容
情報処理装置
情報を取るだけではなく処理すること、すなわち「情報処理装置」が重要であると私が強調する理由はこの辺にあります。
バックグラウンドを知っているか知らないか。
同じ情報に接しても、その意味するところの解釈が大きく変わってくるのです。
インフォメーションとインテリジェンス
「情報(インフォメーション)」と「情報資料(インテリジェンス)」の区別です。
集めた食材(情報)を調理(処理)して、お客さん(情報需要者)が食べられる料理(情報資料)に仕立て直さねばなりません。
情報を集めて「よし、何となくわかった」と思ったら、次は必ず文章としてアウトプットしてみましょう。
「意外とわかってなかった」ということがどんどん出てくるはずです。
逆に、この作業を経ていないと、それぞれの情報は宙ぶらりんなままになってしまいます。
ちなみに頭の中身を可視化するには、パワーポイントを作るだけでは不十分です。
パワポというのはキーワードや図表を並べた文字通りの「プレゼン」用資料であって、それ自体は論理構造を持たないからです。
情報分析(インテリジェンス)の材料は情報(インフォメーション)ですから、分析者は日々大量の情報を浴びていなければなりません。
ここで言う情報には、大きく分けて3つくらいあるのではないかと思っています。
まず、自分が知りたいことのおおまかなバックグラウンドとなる情報です。
私の場合はロシアの軍事について情報分析をやっているわけですが、そのためにはロシアの政治や、経済や、社会の状況についてもある程度知っておかねばなりません。
趣味としてなら、ひたすら細かい、自分の興味関心についてだけ知っていればそれで十分ですが、情報分析をするためには情報と幅広く付き合わねばならないのです。
だから間口は広めに取っておきましょう。
一方、分析のコアとなる情報とは徹底的にねちっこく付き合う必要があります。
私の場合で言えば、ロシア軍の人事情報、部隊の再編、装備調達など、手に入る限りの情報を集めます。
こうしてストーカーさながらに対象を追い続けていると、「ああ、またか」とか「おや、これは過去になかったな」ということに気づくようになります。
「この時期には大体こんなことをやるはずだがやっていない」とか「いつもと同じことを言っているようだが言い回しが違う」ということにも気づけるようになるでしょう。
それぞれは何気ない情報であっても、定点観測を続けることで差分を取り出せるようになるのです。
最後に、足で稼ぐ情報、というのがあると思っています。
情報分析のために使う情報は、文字で書かれたものや画像、データなど、視覚的なものが比較的多い。
これしか手に入らないなら仕方ないのですが、もし現地やその周辺に行ってみることができるなら、可能な限り足を運ぶべきです。
自腹で買った情報には色々と利点があります。
「自分のためだけの図書館」が作れる、ということがまず挙げられるでしょう。
なんでも自分でやろうとしてはいけないとも思っています。
一人、あるいは少人数でできることには限りがあるのですから、外部から取り込める力はどんどん取り込むべきです。
だから、新しいガジェットはなんでも積極的に試してみましょう。
必ず役に立つとか、使いこなせるとは限らなくても、限られた自分の力をどうやったら拡張できるのかを常に考えるわけです。
一見ミーハーなようでも、新しいものにはとりあえず飛びついていると、自分に合ったツールといつか必ず出会えます。
分析対象はどんなものの考え方をするのかを、頭の中でエミュレーション(模倣)できるようにしておくということです。
この、「我々とは違う、彼らなりの合理性」を理解し、「彼らならきっとこんなふうに考えるだろう」と推測できるようになること、つまりエミュレーターを持つことが情報分析を行なう上では非常に重要になってきます。
ただし、エミュレーターのスイッチはいつでも切れるようにしておかないといけません。
情報収集
情報収集には目的と解像度が大事
問題は、何を目的に情報を集めるのか
情報分析に携わる人間には提案力が求められます。
情報要求とは「私たちは何をわかっているべきなのか」という問いなのであって、そうした問いを自分でも立てられないといけないわけです。
情報収集をするときには、問い=情報要求のレベルに合わせて解像度を調整する必要があるわけです。
どの情報源を優先的にチェックするのかも、この解像度の高低によって決まってきます。
オタクはそれぞれの「沼」を持っています。
その「沼」の奥深くに沈んでいる知識はものすごく局所的で、そのままでは役に立てにくいのだけれども、沼の主に上がってきてもらって大きな思考地図の中に位置づけると、思わぬインパクトを持ったりする。
ここで重要なのは全部の「沼」に自分で潜ろうとするのではなく、必要なときにその主を召喚してこられるネットワークを作ることこそが情報分析には求められるということです。
情報収集のあり方について私なりに思い浮かぶことを述べてきました。
では、それをどうやって実践してくか。
「書く」より優れた方法はないというのが私の考えです。
つまり情報資料作りです。
文章を書くことによって収集すべき情報が見えてくるのです。
- 私は今、ここまでわかっている。
- でも論理構造を繫げるためにはここがすっぽり抜けている。
- ではこのキーワードで検索をかけてみよう。
- あの資料を読んでみよう。
- こんなデータベースは存在しないだろうか。
- あの人なら知ってるんじゃないか……
普段の情報収集というのは広く網をかけておくようなものであるのに対して、文章を書くことで炙り出されるのはスポットです。
わかっていないということに落ち込む必要はなくて、むしろ情報収集の方向性が明らかになったと考えればいいわけです。
- そうして情報を集めたら、文章に反映する。
- それを見て分析をさらに一歩進める。
- するとまた足りないところが見えてくる。
情報の収集・分析・資料化というのは、こうしてスパイラル状に進んでいくのです。
また、文章を書くということは、体系化にも繫がります。
情報分析
AIに分析を行なわせるためにはまず、分析のやり方が自分でわかっている必要があります。
分析対象が専門的なものであればあるほどそうでしょう。
だからまずは自分がAIの先生(教師データ)になれるくらいまで情報分析に習熟しておく必要があります。
私がお勧めしているのは、論文1本、あるいは研究書の1章分をノルマとして毎日読んでいくことです。
これは知り合いの先生に聞いた方法で私も実践しているのですが、このペースを守れると1年経つ頃にはある分野について相当の知見が溜まります。
人の話をよく聞く、経験値を貯める、ツールの使い方を練習する。
情報分析は、こんな地味な作業の積み重ねです。
情報をまとめる
情報の収集、分析ときたら、次は情報資料作りです。
実際にはこれらが明確に峻別できないということは第3章の最後で述べたとおりで、情報資料のための文章が書けないと情報収集や分析もできません。
とりあえず現時点で手元にある、あるいはすぐに集められる情報を図表やグラフにしてみるという方法です。
アウトプットが全然できないときというのは、実はインプットが足りていないという場合が圧倒的に多い。
- だから、書けないと思ったらまず読んでみてください。
- あるいは生情報を集めて図表にしてみてください。
- それでも書けなければ読書量を増やす。
- 図表をもっと作ってみる。
- 現地に行ってみる。
最悪の場合、それらのインプットについて何か言っておけば、情報資料らしきものにはなっていきます。
人と話してみるのもいいでしょう。
話すこと自体はアウトプットにならないと私は思っているんですけれども(文章の論理構造による検証を経ないからです)、人と話してみると、自分の頭の中に元々存在していながら言葉になっていなかったものが、ふと口から飛び出してくる。
「あれ、なんでこんなこと言っちゃったんだろう」とか「我ながらよくこんなことを口にできたもんだなあ」という経験は、誰にもありますよね。
これもスターターになり得ます。
図表やグラフが思わぬことを喋り出すように、自分の脳みそも持ち主の気づかないところで意外なことを考えていたりするものです。
これをいきなり文章の形に出力できればいいのだけれども、それができないときにはまず話し言葉にしてみるのです。
学会の特集論文とか雑誌の記事は編集部から大まかなテーマの指示がありますから、これを情報要求だと思って情報収集と分析を行ない、アウトプット(この場合は論文や記事)にまとめるのですね。
中には自分のコアな専門と異なる執筆依頼も来ますが、分析スキルの練習だと思えばこれもいい機会ですよね。
だから私は外部から来たちょっと風変わりな執筆依頼は「修行」のつもりでなるべく受けるようにしています。
私が実践しているもう一つの「修行」方法としては、毎週メールマガジンを書くというものがあります。
情報を定点観測して、僅かな差分や変化を見出す。
あるいは専門家が書いた紙の本を地味にちまちま読んでいく。
そして頭の中に相手の思考をエミュレートするような装置を作って、これをアウトプットする。
我ながら全くアナログですが、AIに全幅の信頼が置けるようになるまでは、こういうことを地道に繰り返すほかありますまい。
人間性
この「合理的ではないが人間らしいと多くの人が認める行動様式」を人間性と呼ぶのだ、と考えてみましょう。
優れた文学作品というのは、小説家たちがその天才によって見抜いた人間性のスケッチみたいなものだと思うのですね。
だから文学を読むということは、この世界に様々な事情で存在する無数の人間性を擬似体験することだと思うのです。
面白かったポイント
かなり面白い。
私もビジネスに関する情報分析を行うが、プロセスはよく似ている。
まずは大量インプット、マインドマップで論理構造を整理、数字の収集・KPIツリー構造整理、パワポで図表化、最後に文章化という流れ。
気づきを得たのは、文章化。
今は文章化するのはAIを使えば簡単にできるが、過去を振り返るとAIがない時代は文章化する時が一番脳に負荷がかかっていた。
しかし、その負荷の経験が思考力を高めたと思っている。
日報や日記、学んだことをブログにまとめるなどを習慣としてやってきたことが、論理的思考の基礎力に繋がっているのだと改めて実感した。
最近は、文章を書くことが減ってきているが、修行をしなければならないと思った。
満足感を五段階評価
☆☆☆☆☆
目次
第1章 ロシアのウクライナ侵略はどう分析されたか?――溢れる偽情報といかに向き合うか
第2章 情報分析で大事なスタンス――「情報」とは何か
第3章 情報を取る――どのように定点観測するか
第4章 集めた情報を分析する――「位置」を描き、具体論で語る
第5章 情報をまとめる――情報分析のための文章術
第6章 情報分析で陥りやすい罠――「予断」と「偏り」の中で
終章 不確実な時代の情報分析